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気づかなかったカードローンの更新手数料

自分の持っているカードローンを整理していたときのことです。
ここ最近全く使っておらず返済だけが残っているカードがあったため、カードローンを完済し終わったらすぐに契約解除をしようと思っていました。
毎月コツコツと残りのローンを返済していき、毎月の返済額が減ってきてあと来月の2,000円で完済できるというときに、そのカード会社から更新手数料のため追加で2,500円引き落とししましたという通知が届きました。
そのカード会社は毎月決まった額まで繰り上げ返済が可能で、私も今月のうちに残りの全額を繰り上げ返済してしまおうかと思っていた矢先の出来事だったので、もう契約解除するはずだった会社から2,500円も引かれてしまったのは痛い出費でした。
そもそも、長年使っていなかったカードなのに毎年更新手数料を引かれていたならもっと早くに気づくべきだったと少し落ち込んでいます。
次に契約解除をしたいカードローンの即日融資があったときは更新の時期もきちんと考慮して返済していこうと思っています。

日本社会が抱えている本当の問題について考えさせられました

最近、生活保護バッシングや、生活保護の不正受給密告などの話について、聞いたり見たりする機会が増えているように感じませんか?なんだか、日本社会全体がギスギスしていて、他人の不幸を喜んでいるように感じて怖くなります。

そういえば、さきほどインターネットでニュースを読んでいたら、「監視強まる生活保護」という記事を見つけました。その記事には、生活保護を打ち切られてしまった73歳の人や、現在、生活保護を受けている最中の33歳の人の声が掲載されていました。
また、その記事を読んだ反応が、togetter上に書き綴られているのも見ました。

こういう記事や反応を見ると、何とも言えない気持ちになります。
一見、全然関係ないように思えるかもしれませんが、いじめや差別などとも関連性があるようにも感じてしまうからなんですけれども。

自分が今不幸だから、自分より不幸な人を見て喜んだり、自分より幸せに見える人や不幸な人をいじめて苦しむ姿を見ることによって、ストレスを発散したりしているように感じてしまいます。
そういう心理が、いじめを生んだり、差別を生んだりするのかもしれませんね。また、それが極端なところまで行ってしまうと、たとえばホームレスを襲撃する小学生・中学生・高校生のようになってしまうように感じてしまうんです。
もっと極端な話になると、ナチスドイツが行った残虐非道なユダヤ人排斥のような状況に、走ってしまうように感じてしまうんです。

「監視強まる生活保護」の記事の最後は、こう締めくくられていました。「自分は大丈夫だと思っていても、いつか泣きを見るかもしれないぞ」。まさにそのとおりだと思いました。

今の世の中では、いつ自分がリストラ対象になって、クビになってもおかしくありません。いつ会社が倒産してもおかしくありません。いつお金に困ることになってもおかしくありません。
今は他人事だと思っていても、自分自身がいつ当事者側にまわってもおかしくないんです。

他人の不幸を眺めて自分の幸せをかみしめたり、自分より幸せに見える人の足を引っ張ったりするのではなく、幸せな人を見て自分も自分なりに幸せになろうとする、お互いに幸せになるために応援し合う。そういう社会になって欲しいと切に願います。