最近、生活保護バッシングや、生活保護の不正受給密告などの話について、聞いたり見たりする機会が増えているように感じませんか?なんだか、日本社会全体がギスギスしていて、他人の不幸を喜んでいるように感じて怖くなります。
そういえば、さきほどインターネットでニュースを読んでいたら、「監視強まる生活保護」という記事を見つけました。その記事には、生活保護を打ち切られてしまった73歳の人や、現在、生活保護を受けている最中の33歳の人の声が掲載されていました。
また、その記事を読んだ反応が、togetter上に書き綴られているのも見ました。
こういう記事や反応を見ると、何とも言えない気持ちになります。
一見、全然関係ないように思えるかもしれませんが、いじめや差別などとも関連性があるようにも感じてしまうからなんですけれども。
自分が今不幸だから、自分より不幸な人を見て喜んだり、自分より幸せに見える人や不幸な人をいじめて苦しむ姿を見ることによって、ストレスを発散したりしているように感じてしまいます。
そういう心理が、いじめを生んだり、差別を生んだりするのかもしれませんね。また、それが極端なところまで行ってしまうと、たとえばホームレスを襲撃する小学生・中学生・高校生のようになってしまうように感じてしまうんです。
もっと極端な話になると、ナチスドイツが行った残虐非道なユダヤ人排斥のような状況に、走ってしまうように感じてしまうんです。
「監視強まる生活保護」の記事の最後は、こう締めくくられていました。「自分は大丈夫だと思っていても、いつか泣きを見るかもしれないぞ」。まさにそのとおりだと思いました。
今の世の中では、いつ自分がリストラ対象になって、クビになってもおかしくありません。いつ会社が倒産してもおかしくありません。いつお金に困ることになってもおかしくありません。
今は他人事だと思っていても、自分自身がいつ当事者側にまわってもおかしくないんです。
他人の不幸を眺めて自分の幸せをかみしめたり、自分より幸せに見える人の足を引っ張ったりするのではなく、幸せな人を見て自分も自分なりに幸せになろうとする、お互いに幸せになるために応援し合う。そういう社会になって欲しいと切に願います。